HOMEへ戻る HOMEへ戻る MAIL お問い合わせ セクションペーパー
ニュース&トピックス 美術監督協会 映画美術スタッフ塾 リレーエッセイ 準会員のつぶやき すけっちBOOK 寄稿 賛助会員
準会員のつぶやき
神田 諭
高橋 佳代
石島 武
長島由明
長谷川真弘
佐藤千夏子
掛塚一継
準会員のつぶやき


HOME > 準会員のつぶやき >神田 諭
 

準会員のつぶやき

山頂アタック!

神田 諭

 ザクッ、ザクッ、…。前の人が踏みしめる雪の音のリズムに合わせて自分の足をひたすら前に出して行く。前にも後ろにも長い列をつくり行進しているが、聞こえるのは足音と自分の息づかいだけ。高度は約2,400m…。かなりゆっくり歩いているつもりだが、それでも息は荒くなってくる。首もとが締め付けられるような感覚。テレビや本では知っていたけど「酸素が薄い…。」とあらためて実感する。この高度だと酸素は地上に比べだいたい3/2くらいらしい。ザックの重さで腕がビリビリとしびれてきた頃、「五分間休憩!」の声が上の方から聞こえてきた。みんなで助け合いながらお互いのザックを下ろし、ようやく一息つく。マイナスの気温なのにみんな尋常じゃないくらい汗をかいていて、体中から真っ白な蒸気を出している。それをみてお互い笑い、コーヒーを飲んで、子供の時みたいにおやつ(行動食)を交換し合ったりして休憩は終わる。「次の休憩はまた腕がしびれて来た頃かな」と考えながらまた長い列を作り歩き出す。映画「岳」の撮影現場、奥穂高岳山頂まではまだ遠い。

 延々と雪山を歩き続けて辿りついたのは本日の宿「穂高岳山荘」。明日の山頂での撮影にひかえ今日はここに泊まる。この山荘は山頂直下の稜線沿いにあるため、ここからの眺めは最高だと聞いていた。そのため夕日狙いの撮影もする予定だった。ただ歩いている時もそうだったがこの日はずっとガスがかかっていたため何もみえない、山荘の人も「今日は無理じゃないかな…」と言っているのでしかたなく山荘で待機=B各部それぞれ天候によっていつ始まるか分からない今日の撮影に向けての準備、そして明日の山頂での撮影のための荷造りを進める。山頂での撮影は多少の人数制限がかかるため、それぞれ機材を分散して運ぶ。僕も割与えられた撮影機材をザックに入れ、多少の美術道具と一緒に梱包した。

 しばらくして準備も落ち着き、みんなでストーブの前で休んでいると窓から日の光が入ってきた。「撮影するよ!」の声と共に皆一斉に動きだす。この撮影の時にみた映画のワンシーンの様な夕日は一生忘れないと思う。その夜みんなでみた満点の星空も…。明日はいよいよこの組最大の山場、「奥穂高岳」山頂での撮影。

 その日は早朝から雲一つない快晴だった。スタッフそれぞれガイドの方とマンツーマンでのアタック、僕もガイドの赤田さん(写真右)としっかりザイルで結ばれる。気合い十分に山荘から出発!しかし最初からいきなり断崖絶壁の岩壁…。下からは垂直に切り立った岩にしかみえない、ところどころ見え隠れするサビついた梯子でさらに恐怖感を煽られ目眩がした。それでもなんとか震える足を引っ叩きながら登りきる。一瞬の安堵も束の間、今度はみた事もないような急斜面の雪道…。前日にガイドさん達が階段を掘ってくれているとはいえガチガチに凍っている雪にアイゼンの爪がなかなか刺さらない。ほぼ氷壁と化した壁に何度もつま先で蹴りつけ爪を突き刺す。そうしながらほぼ雪面に体をこすりつける様にして登って行く。下は絶対見ないと思いつつも見てしまうのが悲しい。ジェットコースターの様な感覚が体中を走った。命綱で繋がれているとはいえ落ちたら確実に命はない…。仕事とはいえズブの素人の僕がよくここにいるなと自分で自分を褒めたくなる。登り始めて30分、ようやく最初の難関を制覇。早くも汗がびっしょり。後はたんたんと続く緩やかな岩場と雪道だと赤田さんは言うが、ガイドさんの緩やか≠ニいう感覚は僕には通用しない。同じような難関が何度も続いた。

 ようやく着いた山頂、360度の大パノラマ、ここが日本である事をわすれるくらいの絶景!雲一つない空のもと僕は地球と一つになれた気がした。でも感動も束の間、すぐに撮影準備に入る。監督から指示されたのは「山頂に雪を盛れ」。直ぐにみんなで作業に取りかかる。山頂での撮影はとにかく忙しかった。あっちに雪を盛り、こっちに雪を盛り…。山の天気はいつ崩れるか分からない、限られた時間の中みんなとにかく動き回った。あっという間に過ぎる時間、日も傾き始めた頃「撮影終了、撤収!」の声がした。日が暮れる前になんとしても山荘に帰らなければならないので感動もそこそこに下山開始、「山荘に帰るまでが撮影」誰かがそう言っていた…。

 この仕事をしていると必ずしも楽しい事ばかりではない。嫌な事や逃げ出したい事もある。むしろその方が多いかもしれない。図面が終わらず徹夜が続く時や、上司に怒られた時、落ちたら確実に命はない氷壁を登っている時など。ただ、この日の夜のように多くの仲間たちと一緒に笑い合い、未来を語る自分を見ると、「なんだかんだあってもこの仕事が好きなんだなぁ」と実感する。

 

リンク
サイトマップ
(c)2004-2013,Association of Production Designers in Japan, All rights reserved.